私は、彼に無理矢理キスをした。
彼は、いたずらっぽい笑顔でこっちを見つめた。
それが、私たちが付き合うことになったきっかけ。
そして、彼がプロポーズをしたきっかけでもあった。
◆無口な年下の彼
彼は同じ会社の、2つ下の後輩。
部署が違うため、あまり話したことはなかったが、同じフロアなので毎日顔は合わせていた。
社内でも王子だなんだ、と女子社員たちが影で噂をするほどのイケメン。長いまつげに、透き通るようにキレイな肌。中世的な顔立ちなのに、意外に背が高くほどよい筋肉がついている。
性格は無口で、業務以外のことを話しているのをほとんど見たことがない。
そんな彼を、私はパソコンの隙間からよく覗いていた。
はじめはその美しすぎる顔を眺めて癒されたかっただけだったのだが、次第に四六時中彼のことを考えているようになっていった。
これが恋ってやつなの?
24年間、一度も彼氏ができたことのない私は、恋が何なのかもまだ知らなかったけれど、多分これがそうなんだ、となんとなく感じていた。
◆予定外の告白
ある日、コンペの優勝を祝ってオフィスでちょっとしたパーティーをすることに。
彼は相変わらず物静かに缶ビールを飲んでいたけれど、企画が彼の発案だったため、部長や同僚からかなり祝福をされていた。
ぎこちなく笑う彼が見せる、いつもと違う表情に、終始目を奪われていた私。
「何見てんの?」
上司に後ろから話しかけられて、ハッとする。
「な、なんでもないです!」
「王子でしょ?」
「ち、違いますよ!」
焦りながら否定をし、なんとか上司をかわす。
「変な汗出た……」
気が付くと、彼の姿が見えなくなっていた。トイレ?と思ったが、20分ほど経っても帰ってこない。
私も少し飲みすぎてしまったので、外の空気を吸いにいくことにした。
外階段への扉をあけると、ちょうど夕焼けが赤く広がっている。
「うーーーーん」と大きく伸びをして、上を向く。
すると、真上の踊り場から彼が顔をだしていた。
「わあ!!!」
びっくりしてつい大声をあげると、彼は小さく笑った。
「び、びっくりさせないでよ」
「僕はただ外の空気を吸っていただけですので」
相変わらず無口な彼。それ以外の言葉を発することはなく、私は夕日を眺めた。
長い沈黙が続く。
私は上を見上げることができず、どんどん沈んでいく夕日。
もしかしたら、今がチャンスかもしれない……。
私は階段を駆け上り、彼の隣へ並んだ。
すると、彼は踊り場のへりに突っ伏して、スヤスヤと眠っていた。
「なんだ、寝てるじゃん……」
相当疲れていたのかもしれない。
彼の、長いまつげ。
透き通るようにキレイな肌。
空には、ちらほらと星が出てきている。
そんな彼の寝顔を、独り占めしているようでなんだか、優越感。
「私のものにならないかなぁ……」
小さく呟いて、彼の唇に少し触れてみた。
その瞬間、彼の目がパッと開いた。
驚いて体を離す。
彼は、いたずらっぽく微笑みながらこちらを見つめている。
「……」
「お、起きてたの……」
何かを見透かしたかのような余裕の笑み。
すると、今度は彼が私の顎を持ち上げて、キスをする。
?突然の出来事に、唖然とする私。
「無理矢理なんて、ズルいですよ」
「……」
「……僕と、付き合ってくれたら許してあげます」
◆予定内のプロポーズ?
それからは、ほぼ毎日を一緒に過ごした。
実家暮らしだった彼は私の家にいつも居るようになり、半同棲のような生活。
会社には内緒にしていたけれど、それもなんだかイケナイ事をしているみたいで楽しかったり。
ある休みの日に、2人で家で映画を観ていた。
映画の内容は、付き合っているカップルが、数々の困難を乗り越えて最後は結婚をするという、昔から大好きな映画。
……私たちも、いつか結婚したりするのかな。
そんな風に考え始めていたから、この映画を観て少しでも彼に結婚を意識させたくて選んだ。
彼は、どんな気持ちで観てくれるだろうか。
私との結婚を、考えてくれるだろうか。
主人公の2人が、クライマックスで結婚式を挙げているシーン。
感動で涙が溢れていた。
ふと隣を見ると、彼はスヤスヤと眠ってしまっている。
長いまつげに、透明な肌。
付き合って2年経った今も、まだ見とれてしまう。
「もー、全然観てないじゃん」
クスっと笑って、彼の唇にキスをした。
「君は、結婚なんて考えてなさそうだね……」
そうつぶやくと、彼の目がパッと開いた。
私は驚いて体を離すと、彼は私の手を引いてを抱き寄せる。
「無理矢理なんて、ズルいですよ」
「……」
「……僕と、結婚してくれたら許してあげます」
そういって、彼はいたずらっぽく笑った。