結婚準備

【妄想】隠し事をしない彼が、たった一つ秘密にしていたものは……

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ヨシノリは、私に隠し事はしない。

交際を始めた時から、なぜか彼は全面的に私を信頼してくれたのだ。彼の部屋に遊びに行ったのは付き合って1週間後。その時にはもう、「これからも来て欲しいから」と合鍵を渡された。

彼は、スマートフォンにロックをかけていない。「やましいことはないから、いつでも見ていい」と私の前に置いて席を離れることも多かった。

それから1年、ヨシノリのスタンスは変わらない。私が彼の部屋に勝手に上がったって、洗濯物を整理したって、本棚を片付けたって何も言わない。むしろ「ありがとう」と言われるくらいだ。

しかし1つだけ、どうしても教えてくれないものがあった。郵便受けの暗証番号だ。

Postman Putting Letters In Mailbox

ヨシノリとは、新卒入社した会社の同期として出会った。高い志を持って入社した彼は、新入社員の間でも一目置かれていた。そんな彼と初めて話したのは、新入社員研修の初日にあった懇親会の席だった。パリッとしたスーツに身を包んだ彼は、積極的に話をし、私の緊張を解きほぐしてくれた。

1ヶ月後の本配属では、ヨシノリと私は別々の部署に配属された。そのため、数ヶ月に一度行われる同期会で顔を合わせるくらいで、話すらしなくなってしまった。

そんな彼と再会したのは、社会人6年目の夏。私が、彼の所属する部署に異動することになったのだ。すでにその部署で3年近く働いていたヨシノリは、同期の私に仕事を丁寧に教えてくれた。

「困ったらこの資料見て」「ここに数字がまとまっているから、いつでも見て」と、彼のデスクに何があるのかを細かく教えてくれたおかげで、大きな失敗をすることなく1年が過ぎた。

すると今度は、ヨシノリが異動することになった。そしてその時に交際を申し込まれた。彼への感謝の気持ちがいつの間にか愛情に変わっていた私は、迷わず「よろしくお願いします」と返事をした。

周囲からの冷やかしを嫌がった私は、交際を社内の人には内緒にしていた。別々の部署になってからは、頻繁にお互いの家を行き来することで2人の時間を作った。会社で話せなくなった分、お互いの家で過ごす時間は今まで以上にキラキラし始めて、一層距離が縮まった気がしていた。

Drinking coffee

週末はヨシノリの部屋で過ごすことが、私たちの約束。その日も、早めに仕事を切り上げて彼の部屋へ向かった。5階建ての築10年のマンションは管理が行き届いており、エントランスはいつも綺麗だ。

入って右手には、ヨシノリが唯一番号を教えてくれない郵便受けがある。私が知らない秘密を知る郵便受けに、ちょっぴり嫉妬を込めた視線を送ると、窮屈そうに押し込まれた大きな封筒が覗いていた。

これなら暗証番号がわからなくても取り出せそうだ。白い封筒をグッと引き出すと、「資料在中」の文字と特徴的なピンクのロゴが目に入った。誰でも知っている、結婚情報紙のあのロゴだ。全て引き出すと、どっしりとした封筒が私の腕の中に飛び込んできた。

思いがけない「結婚」の重みに、軽くよろける。嬉しい気持ちと、現実に迫る結婚の不安に、頭がくらくらしてしまった。初めてのヨシノリの秘密に、鼓動が高鳴る。そして次の瞬間、はっとした私はとっさに封筒を郵便受けに押し戻した。

私の事を全面的に信用してくれているヨシノリ。部屋もスマートフォンも、何も隠し事はないと言ってくれた彼を、私も信頼したいと思った。

そんな彼が教えてくれないというものには、きっと何か意味があるのだ。そこに勝手に踏み込んでしまっては、私を信じてくれる彼を裏切ることになる気がした。

結局手ぶらの状態でヨシノリの部屋に入り、夕食の支度を始めた。何かに集中しなければ、高鳴った胸に鼓動を落ち着けることはできそうにない。

Love

それから1時間すると、ヨシノリが帰って来た。「ただいま」という声で玄関に行くと、今度は彼の鞄の中にあの封筒が窮屈そうに押し込まれていた。「おかえり」と笑顔で彼を迎えると、ちょっと焦った感じで彼は言った。

「何か変わったことはあった?」

彼も、あまりに大きな資料が届いたことに驚いたのだろう。もしかしたら、私もそれを見たのではないかと不安に思っているのかもしれない。

「え、ないけど……どうして?」

思わずこぼれてしまった笑顔と、いつも私が郵便受けを見るような、ちょっぴり嫉妬を込めた意地悪な目で、彼を見つめた。

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