結婚準備

東京シンデレラストーリー第1話「女は仕事と恋愛を両立できない」

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「女は男より活躍しちゃいけないってわけ?」

さとみは親友のメグにLINEを送った。昨日別れた男からの言葉がどうしても腑に落ちなかったからだ。

◆ファッションデザイナー・さとみ、24歳、表参道

明日から春が始まろうかという陽気の2月。さとみは、表参道のみゆき通りをゆっくり歩きながら息を吸いこむ。昨日の嵐のような天気は春一番だったことを知った。

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みゆき通り。そこはイッセイミヤケ、コムデギャルソン、カルティエ、プラダなど一流ブランドが誇らしげに店舗を構え、ハイセンスな空気が漂う場所だ。この通りのランドマークとも言うべきは、ガラスの大きな菱形が壁に敷き詰められたプラダのビル。さとみは、1マス1マスにうつる歪んだ顔をにらんだ。中には洋服がカラーごとに行儀よく展示されている。

みゆき通りはファッションだけでなく建築物に対するこだわりもハイレベルだ。「いつかは、自分もこんなデザインをしてみたい。そしてみゆき通りに旗艦店を持つのだ」と、唇をきゅっとしめる。

そのとき、LINEの通知が鳴った。「男ってしょぼいヤツでもプライドだけは高いからねぇ」メグの返信だった。

◆一流になりたければ、一流の生活を

パリコレ常連の一流ブランド「KENJI-PARIS」でデザイナーとして働くさとみ。両親は新潟の商店街で洋品店を営んでいた。それほど裕福な暮らしではなかったが、姉のかすみと一緒に愛されて育った。

美人でスタイルが良く、ファッションセンスもいい母は、商店街でも評判だった。母はファッション雑誌を愛読していて、いつもコタツのそばに25ans、ヴォーグ、装苑などがあった。

クラスの友達はピチレモンや二コラを読んでいたが、母の雑誌を眺めるのが好きだった。後ろでは、時おり間違えては止まる、姉の弾くバイエルのピアノの音色が流れていた。そして小学校の卒業文集には「パリコレのデザイナーになる!」と大きな文字で書いた。

やがて高校を卒業して上京し、文化服装学院に入学する。田舎者だとなめられないように、髪をピンクに染めて、コムデギャルソンを着て入学式に出たのを覚えている。黒のワンレングスボブの奥にイヤリングを揺らしながら、さとみはいつも微笑ましく思う。

さとみは文化服装学院を主席で卒業し、表参道に本社のあるKENJI-PARISに就職した。ブランドの代表KENJIは世界的に注目される新進気鋭のデザイナー。若干38歳でありながらすでにパリコレの常連である。KENJIのもとで就職が決まったときは「本当にファッション業界の人間になるんだ」と、思考回路が熱で帯び体が熱くなったのを覚えている。

High Heel Shoe Mannequin Display

現在さとみは3年目、24歳になった。KENJIからの課題、リサーチ、デザイン出しに追われる毎日。特にコレクションの前はとても忙しく、泊まり勤務もザラだ。KENJIは厳しくも熱意を持って教え、さとみのセンスと才能を引き出した。ドロップアウトする同僚もいるなかで、さとみはしがみつくようにその崖を登った。

KENJIはいつも「一流になりたければ、一流の生活をしろ」という。さとみは就職する時に学生時代に住んでいた武蔵小金井を引き払い、麻布十番に引っ越した。6畳一間の10万円のマンションで、代々先輩たちが受け継いでいる、いわば「トキワ荘」的なところだ。

月給は22万円。勤務が深夜に及ぶことも多いため、会社からはタクシーチケットを支給される。家賃補助も2万円出る。しかし、給料は洋服代や資料代に消え、貯金はまったくできなかった。麻布というだけでスーパーの食材でさえも高い。生活はかなり厳しかったが、下積み時代の自分に酔いしれるように仕事に没頭した。

KENJIのもとで修行をするさとみは、どんどんセンスが磨かれていった。美しいものに囲まれていると、その美しさは伝染するもので、さとみは独特なオーラをはなつ存在になっていた。学生時代の仲間と集まると、いつしか「異質なもの」を見るような視線を感じるようになった。彼らとの話が退屈に感じ始めたのも、その頃だっただろう。

◆元カレの嫉妬「俺より目立たないでよね(笑)」

さとみには専門学校時代から、付き合っている淳平という男がいた。彼は卒業後、八王子のカジュアルショップに勤務していた。仕事に熱中するさとみは、デートのドタキャンが続いた。会ってもさとみは仕事の話ばかりだった。パリコレの雰囲気、業界の重鎮に会った話などのKENJIの受け売り話や、取引のあるファッショニスタたちの名刺を興奮気味に披露した。

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そんな姿を淳平は嫉妬を帯びた目線で見るようになった。

「サト、俺より活躍しないで。俺より目立たないでよね(笑)」

淳平は冗談っぽくこんな言葉を口にした。その瞬間、さとみの心にはベットリした重油のような不快感があった。そうして昨日の別れ話につながったのだ。

「仕事を応援してくれない彼氏はいらないんだよね」

さとみはLINEを返した。正直、別れたことはあまり傷つかなかった。それほどに仕事に没頭しているのだと、さとみは誇らしく思った。手のかかる恋人はいらない。一人前になるまでは恋愛もしないと決めた。

なにかの映画で見たことがある「女の仕事と恋愛の両立は難しい」と。みゆき通りのコンクリートをしっかりと足裏に覚えさせ、さとみはショーウィンドウに映る自分と手を合わせた。(続く)

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